体育祭のあの日、輝いていた応援ダンス

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私の通っていた高校では、

体育祭で応援ダンスを披露するという伝統がありました。

 

 

タイミングとしては昼食後の時間に1年生から順番に
披露するようになっていて、
そのクオリティによって得点が入るシステムになっていました。

 

 

この得点が結構大きくて、他の競技では成績が悪くても
応援ダンスで盛り返せる可能性が十分にあるほどです。

 

 

ですので私も3年間、
クラスのみんなと一生懸命に踊っていました。

 

 

そしてふと最近、
その頃の自分をよく思い出すのです。

 

 

理由は定かではありませんが、
もしかしたら今の自分に満足できていないのかもしれません。

 

 

思えば高校生のその当時は、
自分自身でもすごく輝いていたなと思います。

 

 

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体育祭と輝いていた青春の日々

 

私は部活動や習い事もやっておらず、
正直真剣に打ち込むようなことは
あまりない学生時代を送っていました。

 

 

だからこそ、
その体育祭や応援ダンスの機会は
刺激も大きく達成感がすごかったのです。

 

 

3年生の頃は応援ダンスを終えて思わず涙ぐんでしまったし、
高校生活の中でも一番自分がキラキラしていられた
行事だったと思います。

 

 

いつも応援ダンスでは、
その頃に流行っている音楽に乗せて踊っていました。

 

 

大体はクラスの中心人物が知らない間に曲を決めて
話が進んでいるのですが、
それをきっかけに新しい音楽の趣味が生まれたりするので
なかなか良かったです。

 

 

練習は放課後にみんなで集まってやっていました。

 

 

塾や部活をサボってまで残るような生徒もいたので、
私と同じようにその時間を大切にしていたのだと思います。

 

 

踊り過ぎて今までなったことがないような場所が
筋肉痛になるのも恒例でした。

 

 

不思議なことに、思い出せば思い出すほど
懐かしさと共に切なさが込み上げてきます

 

みんなで何かに取り組み作り上げる喜びは、
そのときに学びました。

 

 

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体育祭の応援ダンスから学んだこと

 

今私はイベントなどを立ち上げる会社に勤めていますが、
そういう方向に就職したのも
この応援ダンスの存在が大きかったのでしょう。

 

 

ただどうにも今の私は、
応援ダンスの頃のような充実した気持ちには
なれないでいるのです。

 

 

この原因がどこにあるのか、
また具体的な解決策などは分かりませんが、
1つだけ言えることとしては本当に楽しい高校生活だったな
ということです。

 

 

そしてもちろん、その陰には、
体育祭や応援ダンスの存在があります。

 

 

自分で自分を輝かせることは、
そう簡単にできることではないでしょう。

 

 

それを自然にできていたあの時間は、
人生の中でかけがえのないものです。

 

 

また当時のような輝きを放てるよう、
これから頑張っていきたいです。

 

 

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※この記事は寄稿されたものです。

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